薬草料理マイスター講座修了〜野の薬草を通じて見る感じるいのち

  • 2018.03.11 Sunday
  • 21:03

三月十一日。

七年前、東日本大震災がありました。

 

そして、

今日は1年間通った「薬草料理マイスター養成講座」の修了日で薬草料理実習日でした。

仕上がった薬草料理を囲み、講師の矢野忠則先生が東日本大震災の被害に遭われた方々への黙祷を捧げられました。

たくさんの方々がこの日を契機に生き方の模索を始められました。

講師の矢野忠則先生もそのお一人。

矢野先生が大分で薬草料理の研究と実践を始められたきっかけは、救援物資が届かない地域の方々が野草を調達して食をつないでおられたことをお知りになったことなのだそうです。

 

野の薬草を知り薬草を食して生きる。

七年前に始まった矢野先生の活動を通じて大分で数多くの薬草料理マイスターの方々が輩出され、

昨年より始まった福岡での薬草料理マイスターの養成講座には14名のお仲間が集まりました。

薬学博士の矢野先生講義による、科学的な野の薬草への学び。

葉や花の形など形体上の分類から野草を見分ける方法、根、葉、花から種へと生命活動をする植物の生理学、身近な野草の薬効と性質、生態などの座学の合間に、3回の薬草料理実習がありました。

 

矢野先生の国東半島や、主催の坂井さんの大牟田のハーブガーデンから手摘みされた野草などを使ったレシピ。

毎回食べ切れない品数の美味しい薬草料理がテーブルに並びました。

共に学ぶ受講生の皆様、料理のプロの方もいらして、毎回みなさまのアイディアからたくさん学ぶことがありました。

 

県北にある宗像ではまだ土筆や筍の姿は見られないのですが、唐津、糸島、大牟田と暖かい地域からのご参加者から、

筍と土筆が集まりました!初物は柔らかいですね!!

 

矢野先生がおっしゃった例えが印象的でした。

 

薬膳料理は、型のある七言絶句などのような定型詩。

野草料理は、自由律の詩。

 

昨年の4月から今日まで1年間。季節の移ろいを野草からみるという経験をして、

今まで「草」でしかなかった野の草花が本当に生き生きと力強い個性を持って目に入ってきました。

そして食べられる野草をいただくことで、少量でも大いなる生命力をいただくことができることを体感しました。

矢野先生、坂井さんありがとうございました。

そしてまだまだ学びは続きます。今後とも宜しくお願い致します。

 

野の草のように、生命に満ちて。

 

東日本大震災の後、避難生活を送られている方々の暮らしに心安らぐ時のありますように。

福茶梅うめ

  • 2014.01.04 Saturday
  • 17:07
福茶午年、平成二十六年、2014年が始まりました。今日、四日は温和堂の施術始めでした。東京は暖かく穏やかな三が日となりました。旧年中沢山の方々から温かいお心と数多くの大切なことを教えて頂きました御礼を申し上げます。また、本年もよろしくお願い致します。
お正月といえばお雑煮とお節ですが、温和堂が一年の始まりに頂いたのは、福茶。茶碗の中に梅干し一粒と軽く焙じた細切り真昆布を入れ、六十度位まで温めた水出し昆布水を注ぎ、歳神さまへの献上のあとに頂きました。

白状します。温和堂は年末の美食美飲が過ぎたことによる、慢性的な胃もたれのまま新年を迎えました。元日朝から元気にお節やお屠蘇、お雑煮を頂ける状態ではありませんでした。福茶を飲みきり梅肉と昆布も食して、種を口の中で転がしているうちにようやく胃がスッキリとしてきました。日頃の細やかな養生の大切さが痛いほど身にしみます、はい。毎年恒例の年末胃腸いじめ、来年のお正月はスッキリと迎えたいものです。

さて、福茶です。京都・六波羅蜜寺で正月三が日に振舞われる皇福茶(おおぶくちゃ)が有名ですね。平安初期951年に京の町に蔓延していた疫病に悩む村上天皇の勅命をうけた六波羅蜜寺の開祖・空也上人が民間伝承の梅干しと昆布入りの薬茶を施したことを起源とするそうです。
梅の種は日本各地の弥生時代の古墳から出土しています。そのため現在の考古学では梅は稲作とともに中国大陸から伝来したと考えられているそうです。薬用の梅実は遣隋使によって日本にもたらされたそうです。これは烏梅とよばれ、青梅を燻煙し乾燥させたもの。漢時代中国最古の薬学書「神農本草経」にも咳止めや下痢止めなどに効くとして烏梅の記載があります。平安中期に著された日本最古の医学書「医心方・食養篇」にも烏梅の記載があります。胃もたれに関する項目だけ抜粋します。味は酸、性は平=温めも冷ましもしない。無毒。腹が張って苦しい状態を整える。

現在日本でよく目にする梅干しには、赤紫蘇漬けと塩漬けがあります。塩漬け梅は白梅と呼ばれ、先述の空也上人の福茶に入っていたものはこちらと考えられます。平安時代はまだまだ白梅は上流階級だけが口にすることのできる貴重な薬剤でした。その後武士の兵糧として重宝されますが江戸時代にはいるまでは高価なものでした。梅干しに赤紫蘇漬けを加えるようになったのは江戸時代初期の元禄年間。泰平の世となり、江戸幕府により梅実の栽培が推奨され、庶民の台所でも梅干しが広く漬けられるようになったことで、赤紫蘇の鮮やかな赤が好まれるようになったのでしょうか。赤紫蘇漬けの梅干しも塩漬けの白梅もあまり効能に差はないのだそうです。

宜禁本草最後に、安土桃山時代の医聖、曲直瀬道三により編まれた「宜禁本草」より白梅の記述を一部意訳します。

白梅は塩辛く、酸味があり無毒。塩漬けにし日干ししたものを密閉容器で貯蔵したもの。消化器官に滞留した未消化物を捌く。

食医は上工(最高の医師)

  • 2013.06.25 Tuesday
  • 11:02
鍼灸治療は東洋医学の治療体系に則って施術が行われます。
この東洋医学は古代中国に端を発し、医学として体系的に整備された状態で2000年以上の間、継続して発展を続けている世界最古の現役の医学と言えます。
紀元前の古代中国は周の時代に出版された「周礼」という儒教の経書があります。
この中に、天(王)に仕える医師には「食医」「疾医(内科)」「瘍医(外科)」「獣医」の4種あり、最高位は「食医」である、とあります。
東洋医学のバイブル、「黄帝内経」の「上工は未病を治す」に所以します。病気にならない身体をつくる最良の薬は日々の食事そのものである、と東洋医学は数千年来説き続けています。


6/24(月)の報道によりますと、厚生労働省の専門家の検討会で、「国民が健康に長生きできるようにするための食事の基準づくり」をするということでした。

厚生労働省のサイトにも資料がでていますのでリンクをつけました。

病気にならないために食事に注目をする、という取り組みはとても大切なことです。行政だけでなくひとりひとりが高い意識をもって真剣に取り組むべき課題です。なにしろ自分の命や人生がかかっていますから!

厚生労働省のサイトには、各国の健康食施策についての基準などの資料や、栄養素のバランスのとれた食事を摂ることのほか食生活をとりまく環境(楽しく食事をすることなど)整備の重要性などもみることができます。なかにはなぜか、地中海食についての資料などもあります。

夏頃に厚生労働省から指針が発表されるそうです。タンパク質を何グラム、脂質を何グラム摂りましょう、といった表面的な数値だけがだされることのないことを切に願います。
健康被害も出ている商品にですらお墨つきが出ている一部トクホ食品のようなことにはならないことも願っています。

先述の周礼には、
「春に酸を、夏に苦を、秋に辛を、冬に鹹を多く含む食材を用い、甘滑に調味せよ」とあります。旬の食材のもつ味には、その季節に必要な栄養素が多く含まれていることを知る先人の深い知恵を伝えるものです。夏野菜には茄子やニガウリなど苦味の多い野菜が多くなります。夏野菜は身体を冷やす作用をもつうえ、発汗により失われるミネラル分や疲労を回復させるタンパク質を含む食材であるのです。遠心分離機や光学顕微鏡などがなかった時代の先人たちは、ひとびとの生活の細やかな洞察を通して得た大切な知識を後世に遺してくれています。

写真は昨夜の温和堂の夕食。プチトマトと新生姜をひと煮立ちさせためんつゆの中にオクラと茗荷にプランターで育ったモロヘイヤとパセリを浮かべて温かい冷麦を入れていただきました。ご馳走さまでした。

五感を使って生きる! 食事編

  • 2013.04.12 Friday
  • 22:36
 食事について、アーユルヴェーダ、サンスクリット語で生命の科学を意味するインド伝統医学では、食事中は”ながら”をせず、穏やかに過ごすようにすすめています。楽しく、といっても歓談はよしとされず、食事そのものを楽しむことが大切だと説いています。江戸時代の家庭の医学書として広い人気を博した、貝原益軒の「養生訓」では過食、美食による病の多いを憂い飲食の節制を説く記載が多くみられ「交友と同じく食する時、美饌にむかえば食過やすし。」と歓談しながらの食事に気をつけるように説かれています。 食べること、それだけに集中してお食事を頂いていると自然と五感が研ぎ澄まされてきます。例えば、浮きに三つ葉を散らしたハマグリの澄まし汁。春の時期、一年で最高の滋養と美味、香りに満ちた旬の素材が口に広がるとき、得も言われぬ幸せを感じるでしょう。幸せにひたっていると自然に、美味しいご飯を作ってくれた人に、感謝の念が湧いてきます。もう一口いただくと、ハマグリの漁師さん、三つ葉の農家さんにも想いが広がっていきます。箸を置くころには、海や大地、太陽にも「ご馳走様でした」の気持ちをこめていることに気がつくことでしょう。ガヤガヤ喋りながら食べたり、スマートフォンを操作しながら食べたりしたのでは感じ取ることができない味わいが、そこにはあります。

今日の温和堂のお昼ご飯はハマグリのお澄ましではなく、インド料理でした。「行くぞ!リスト」のランク上位にあった神楽坂の「想いの木」さんです。そしてこのお昼ご飯こそが、温和堂に食養生の基本を思い出させてくれたそんな至福ご飯だったのです。
趣のある店構えの暖簾をくぐり、店内にはいると暖かい土壁と木のぬくもりを感じる雰囲気。福岡は筑後平野で作られた自家製の野菜やお米を使った店主さんの想いのこもったお料理。ランチメニューから、サフランライスとナーン、お好みカレー3種のセットを選びました。

自家製野菜をふんだんにつかった大地のカレーは、程よい硬さに仕上がった新じゃがとスパイスが絶妙のバランス。新鮮なトマトの酸味と濃厚味の海老とピリっとくるマスタードシードにとてもあうプラウンカレー。そして日替わりカレーは南インドのおふくろの味、サンバル。マスタードシードとカレーリーフ、クミンが豆と新鮮野菜の味をぴりっと引き立てていました。(インド料理ご愛好のみなさまへ:サンバルにはナーンよりドーサが合いますね!)

ひと匙ひと匙、こんなにじっくりと味わって食事をいただいたのは久方ぶりのことでした。舌の上で素材をしっかり満喫しながらいただいていると、やはり食事は”エサ”ではなく、”頂きもの”なのだなぁ、と美味しい恵みをいただける幸せをシミジミと噛み締めることができました。

五感を使って食事をしていると、無駄食いを減らすことができます。そして酸味、苦味、甘味、辛味、鹹(塩辛い)味の五味も味わい分けることもできるようになります。身体に必要でない不自然な味を感じ取ることができるようになってくることでしょう。からだの声を味覚でもきくことができるようになると、アレルギー反応を起こす前にそういった不必要な飲食をとめることができるようになってくるかもしれません。少なくとも太古の昔はそうやって毒の有無を感じ分けていたのですから。いまは食品添加物などの化学物質、ですね。。。



                        参考
養生訓Wikipedia

春の五畜は鶏に候

  • 2013.03.24 Sunday
  • 01:00
鍼灸の治療体系は古代中国の陰陽五行説という思想に基づいています。
五行説とは、万物を構成する要素「木・火・土・金・水」になぞらえて、森羅万象をこの五要素に対応してみる考え方。季節も五行に関連していると考えます。
春=木のまっすぐで伸びやかな力の満つる季節、
夏=灼熱の火のように万物が盛んに成長する季節、
長夏=土。夏の終わりの長雨で地味豊かとなる季節(晩夏)
秋=金属が収斂するように夏の間に成長した作物が収穫を迎える季節、
冬=冷たい水に象徴される冬は寒冷の季節。

内臓のはたらきもまた五臓という五行により分類され、対応する季節のエネルギーの影響を受けやすいと考えられています。そしてそれぞれの臓腑を養う食肉もまた五畜として分類されています。
肝=木=春=鶏
心=火=夏=
脾=土=長夏=牛
肺=金=秋=馬または犬
腎=水=冬=豚

春の伸びやかな季節のパワーを受け冬の間縮こまり勝ちだった身体を伸びやかにしてくれる肉が鶏肉、かしわと五行説では説かれています。
昨日の温和堂の夕餉は友人と囲むかしわ鍋でした。


築地・明石町方面に出かけた帰りしな、いつも気になっていた宮川食鶏卵株式会社という老舗の鶏屋さんが珍しく空いていたので、寄ることにしました。明治35年創業という歴史を感じる看板と、ガラス張りの清潔な店内で手際よく鶏を捌いているたくさんの職人さんたち、そしていつみても絶えない行列。いつかきっとここでかしわを買うぞ!と思いながら数年が経っていました。永年の思いを叶えるのはいましかない、と思い切って列に並ぶことに。
精肉店特有の塩素系薬品臭がないのでとても安心できました。また、職人さんたちが捌いている鶏肉の色、ツヤ、弾力から新鮮なものを扱っていることがわかります。そして店内の作業台はピカピカに磨かれていて、道具を大切にされている様子が見て取れました。期待が膨らんできたところで順番に。
 
注文をうけてから目の前でぶつ切りに捌いていただいた骨付き肉は、竹の皮で包まれて持ち帰りです。小一時間かけて帰宅して開いてみると匂い、血、水分なにも出ておらず、お店で見たとおりの色艶を保っていました。熱湯で湯通しをして臭みをとったのですが、そもそも臭みは感じないほどの新鮮さでした。そこから塩麹に一昼夜漬けました。


台湾で教わってきた麻油鶏の作り方をベースにに葱や大根、厚揚げなど野菜を加えてかしわ鍋としました。
オリジナルの麻油鶏は生姜と鶏肉のみ、のシンプルなスープのようです。麻油鶏のレシピはこちら。
生姜をごま油で炒め、香りがでたら鶏肉を入れ表面に焼き目がついたら、鶏がひたひたになる位の焼酎を入れて煮込む。以上なのだそう。

麻油鶏は、お産直後の体力回復と滋養つけに食されることが多いのだそうです。

友人の感想は、焼酎の苦味を少し感じたそうです。宮川さんのかしわは本当に柔らかく、くさみがなく格別によい味です。また買いに行くことを決意しました。






珈琲

  • 2013.02.20 Wednesday
  • 10:30
アンドロメダエチオピア
今年増えた朝の楽しみの一つが、「味の手帖」の日めくり。
毎朝様々な食材に出会える。今日はコーヒーだった。
しかも、「アンドロメダエチオピア」、野生種アラビカ原種のコーヒー。少し珍しい種がテーマであるのになぜか手元にある。ちょうど2週間前に自分ご褒美として手に入れたばかりだった。早速淹れてみた。野生種だけあって挽く時に上がる芳香が凛としてたくましい。お湯をそそぐと豆が力強く盛り上がった。飲んでみると時間経過とともにほろ苦さ、香ばしさ、甘味、最後は爽やかさが舌に残った。お茶のように2煎目も楽しめるのだそうだ。
なにかのご縁なのでコーヒーについて調べてみた。

コーヒーの赤い実を食べて興奮して跳ね回るヤギをみたエチオピアのヤギ飼いKaldi が自分でも食べてみたところ疲労が回復した、という有名なKaldi 伝説は紀元前850年頃のこととされている。時を経て6世紀半ばのササン朝ペルシャの頃になると、修行者の眠気覚ましとして用いられたことが文献に登場する。15世紀に入りイエメンで焙煎されたコーヒーが飲用されるようになるまでは、生の実や葉を煮出した汁を飲んでいたそうだ。
日本にコーヒーが紹介された記録が残るのは江戸時代1700年初頭の、長崎出島。年間6トンにおよぶコーヒー豆の入荷記録も残っている。出島に出入りする通詞や蘭学者、遊女の間では嗜好品として楽しまれていたそうだが、出島の外では受け入れられるまで時間が必要だったようだ。1804年に書かれた食通の狂歌歌人太田南畝の体験記には、「紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり。焦げ臭くして味ふるに堪えず。」とある。蜀山人が苦笑いしている様が目に浮かぶようだ。

和蘭コーヒー豆、寒気を防ぎ、湿邪を払う。黒くなるまでよく煎り、細かくたらりとなるまで、よくつき、砕き、二さじほどを麻の袋に入れ、熱い湯で番茶のような色にふり出し、土瓶に入れて置き、さめたようならよく温め、砂糖を入れて用いるべし」
これは蝦夷地の越冬警備兵達に箱館奉行所から水腫薬として支給された、コーヒーの用ひ方能書。(1854年)
1800年初頭に開港を求め接近してきていた帝政ロシアから蝦夷地を護るため北方警備の任についた数多くの津軽藩士達が野菜不足から水腫で命を落としたことへの対策だったそうだ。

香り高い珈琲は香りだけでも胸のつかえがおちるような感じがある。東洋医学的に表現すると行気。気がめぐると血も水もめぐる。温まり湿がとれる。健胃、祛湿が謳われる所以だろうか。
一度、能書通りに麻袋と土瓶で淹れてみよう。香りはたつだろうか?

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