珈琲

  • 2013.02.20 Wednesday
  • 10:30
アンドロメダエチオピア
今年増えた朝の楽しみの一つが、「味の手帖」の日めくり。
毎朝様々な食材に出会える。今日はコーヒーだった。
しかも、「アンドロメダエチオピア」、野生種アラビカ原種のコーヒー。少し珍しい種がテーマであるのになぜか手元にある。ちょうど2週間前に自分ご褒美として手に入れたばかりだった。早速淹れてみた。野生種だけあって挽く時に上がる芳香が凛としてたくましい。お湯をそそぐと豆が力強く盛り上がった。飲んでみると時間経過とともにほろ苦さ、香ばしさ、甘味、最後は爽やかさが舌に残った。お茶のように2煎目も楽しめるのだそうだ。
なにかのご縁なのでコーヒーについて調べてみた。

コーヒーの赤い実を食べて興奮して跳ね回るヤギをみたエチオピアのヤギ飼いKaldi が自分でも食べてみたところ疲労が回復した、という有名なKaldi 伝説は紀元前850年頃のこととされている。時を経て6世紀半ばのササン朝ペルシャの頃になると、修行者の眠気覚ましとして用いられたことが文献に登場する。15世紀に入りイエメンで焙煎されたコーヒーが飲用されるようになるまでは、生の実や葉を煮出した汁を飲んでいたそうだ。
日本にコーヒーが紹介された記録が残るのは江戸時代1700年初頭の、長崎出島。年間6トンにおよぶコーヒー豆の入荷記録も残っている。出島に出入りする通詞や蘭学者、遊女の間では嗜好品として楽しまれていたそうだが、出島の外では受け入れられるまで時間が必要だったようだ。1804年に書かれた食通の狂歌歌人太田南畝の体験記には、「紅毛船にて「カウヒイ」といふものを勧む、豆を黒く炒りて粉にし、白糖を和したるものなり。焦げ臭くして味ふるに堪えず。」とある。蜀山人が苦笑いしている様が目に浮かぶようだ。

和蘭コーヒー豆、寒気を防ぎ、湿邪を払う。黒くなるまでよく煎り、細かくたらりとなるまで、よくつき、砕き、二さじほどを麻の袋に入れ、熱い湯で番茶のような色にふり出し、土瓶に入れて置き、さめたようならよく温め、砂糖を入れて用いるべし」
これは蝦夷地の越冬警備兵達に箱館奉行所から水腫薬として支給された、コーヒーの用ひ方能書。(1854年)
1800年初頭に開港を求め接近してきていた帝政ロシアから蝦夷地を護るため北方警備の任についた数多くの津軽藩士達が野菜不足から水腫で命を落としたことへの対策だったそうだ。

香り高い珈琲は香りだけでも胸のつかえがおちるような感じがある。東洋医学的に表現すると行気。気がめぐると血も水もめぐる。温まり湿がとれる。健胃、祛湿が謳われる所以だろうか。
一度、能書通りに麻袋と土瓶で淹れてみよう。香りはたつだろうか?
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