鍼灸祭におもう〜古きを抱き生き続けること。

  • 2016.05.15 Sunday
  • 22:07

五医聖爽やかな五月晴れの今日5/15、温和堂は毎年五月第三日曜日に湯島聖堂で開催される鍼灸祭に参りました。

鍼灸祭(はりきゅう祭)は、鍼灸治療に関わる全ての偉大なる先達への感謝と、日々の施術を支えてくれる鍼灸道具、そして道具の作り手の皆々様への感謝を、五医聖に奉納する毎年恒例の祭事で今年で36回目を数えます。

祭事への参列を前に、鍼灸祭と11/23の神農祭の年二回のみ開廟する神農廟、薬草の神様・神農を詣でました。
神農廟 銀杏木立銀杏神農廟参詣のもう一つの楽しみは、関東大震災と東京大空襲による類焼を食い止めたイチョウの木々。

銀杏の木は火事にあうと根元からの水分を幹に吸い上げて、枝葉より大量の水を噴出して自己消火をするのだそうです。
銀杏のこの習性を利用して、火事の多かった江戸の町には銀杏が多数植えられたのだそうです。

神農廟という守られた空間にあって黒焦げの幹をそのままに残された銀杏は、被災後70年のときを経て、黒焦げの幹を大事に抱くように元気に成長をつづけています。
ひこばえ 銀杏今年は根元にたくさんのヒコ生えのチビイチョウの葉が出てきていて、その愛らしくも逞しい姿に勇気を得ました。

湯島聖堂の銀杏のほかにも、戦火や震災の火から類焼を防いだという被災樹木が全国には数多く生き続けているそうです。


自然観察大学の唐沢孝一氏の書籍に詳しく紹介されています。
よみがえった黒こげのイチョウ: 命を守り震災や戦災を伝える樹木』(大日本図書, 2001年刊)
唐沢孝一氏による上毛新聞の記事 (2010年8月14日)


祭事のあとは、毎年東洋医学にまつわる特別講演と鍼灸の実技供覧があります。
今年は、猪飼祥夫先生による「漢代以前の医学資料概観」と盒饗膣先生による「積聚治療の紹介」でした。

北里大学東洋医学総合研究所の医史学研究部で長く客員研究員として古医学を研究されておられる猪飼先生。
猪飼先生の幅広いご研究内容のなかから、漢(B.C.206-A.D.220)時代以前の医学関連の出土品を紹介していただきました。
1970年代の大発見となった湖南省の馬王堆漢墓遺跡以外にも、近年都市開発がすすんできた中国各地で新たな遺跡の発掘が相次ぎ、最近では四川省、湖北省や甘粛省などでも貴重な史料が多く出土してきているそうです。
出土された骨を精査する古病理学の研究結果としてわかってきたことに、抜歯のあとがみえることから紀元前の中国の人たちにも虫歯があったこと、生体の頭蓋骨に石器で穴をあけた手術痕がみられることから当時その技術力があったことなどがあるそうです。
興味深かったのは、土器などで煮炊きをする食性が出てきた頃から、生食の多かったころと比べると胃腸の疾患は減るも、虫歯が増えてきている傾向があるのだそう。心 甲骨文字

また、殷代(紀元前17世紀頃 - 紀元前1046年)に作られた甲骨文字の象形を医学的な視点でみてみると、「心」の甲骨文字は、解剖して内部の構造を確認して初めてこの形状の象形文字となるのではなかろうか、という猪飼先生のお話。大変興味深く伺いました。

実技供覧の講師の高橋先生がご紹介下さったのは、積聚治療。
病の原因は「生命力の低下」とみて、「生命力低下の回復」を治療原則とする鍼灸療法。
ご紹介いただいた内容に接し、東洋医学は古来より、病を症状という断片的なものだけではなく、病んでいるひとの生きる力に着目した総体的な治療を行う医療体系であることを再認識することができました。

情報過多の今の時代、古くからあるもの、古くからある知識や習慣などは、ややもすると軽んじられてしまうこともあるかもしれません。古来よりあるものでいまに至りなお受け継がれている物事というのは、被災銀杏のように生きるために黒焦げになった部分を新たな部分が抱合して生き続けることを選んだものなのかもしれない、とそんなことをおもう新緑の1日でした。

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