冷えのぼせ 寒冷蕁麻疹

  • 2014.02.01 Saturday
  • 13:22
梅もういくつねると節分です。節分が明けると立春です。
梅の花もほころび暖かい春の気配を感じるようになりました。
晩冬から初春は三寒四温、寒さと暖かさが交互しながら春へと向かいます。日中の暖かい日差しにコートのボタンを開き陽気を楽しんでいると、まだまだ足下には寒い冬の冷気が頑固に残っているのに気が付きます。油断をすると風邪をひいてしまいがちなのもこの時期のお悩みです。

襟巻き巻くは忘れても、靴下履くは忘れずに♩です。
 
からだの内と外から積極的に温める養生を行ったことで、寒冷蕁麻疹の症状が消失したケースをご本人の了承を得て紹介いたします。
日にちが遡り三週ほど前に温和堂が受けました健康相談です。男性30代。施設勤務。

寒冷蕁麻疹で全身に痒みのある発疹が出て辛い。いま塗っている抗ヒスタミン効果のステロイド剤ではない方法で改善したい、とのことでした。
みるとお顔が紅潮しています。脈をみるため手首に触れると脈に冷え所見と実際に手が冷えているのを他覚的に感じます。ご自身に足の温感を確認して頂くと冷やっとするそう。

お正月明け頃に大腿の内側に痒みを伴う発赤が出始めた。
急激な寒暖差があるときや体温の急激な低下があるときに症状が発現。
症状の範囲は日を追うごとに徐々に拡大し、顔面、首、前腕、体幹と全身に及ぶ。
背面よりも内側に多く、上半身により多く出ている。
皮膚科で寒冷蕁麻疹の診断をうけ二日前よりステロイド剤を塗布し始める。
入浴などでからだを温めると症状の緩和がみられる。
発汗して衣服の濡れを放置して冷えを自覚すると皮膚の症状も増悪。こういう状況でした。

相談を受けた時、この方は勤務中で受療や休憩をとることが出来なかったため、応急処置として背中にタオルを背負って勤務を継続して頂きました。タオル処置前は、顔面や前腕に強い発赤が出ていたにもかかわらず、軽く寒気の自覚があったそうです。
タオルを背負ってから小一時間もするうちにからだが芯から温まった自覚があり、
それに伴い痒みも治まってきたそうです。
そこで、自宅での養生として以下をおすすめしました。

・汗をかいたらすぐに肌着を着替える。
・肌着は木綿か、すくなくともレーヨン素材でないもの。(レーヨンは蒸泄しにくい)
・足湯
・足首をアンクルウォーマーなどで保温。レッグウォーマでもよい。
・冷飲食はしばらく止める(控える、ではなく)
・乾姜のお湯を飲む。
 
この方には胃腸に強い冷えが停滞している所見があり、冷えのぼせの状態でした。
症状初出前後の生活変化について伺ってみると、年末年始にビールなど冷たい飲酒の機会が連続したそうです。

上記の養生のご提案をして翌週にお会いしましたら、発赤が消えています。
顔面にみられた紅潮もありません。
詳しく伺うと上記の養生をすべて生活に取り入れ始めてから2日目頃から痒みがおこる頻度が減少し、4日目には痒みと発赤が気にならなくなってきた、とのことでした。
ご本人のご自覚として、乾姜のお湯をのみはじめてから特にからだの芯から温まっていることを実感できる、ということでした。


寒冷蕁麻疹、という診断が下った方すべてにこの養生法が効果を示すということではありません。この症例の方の場合にはとてもよい効果がでた、ということです。お疲れがみられた消化器系をたてなおすために温補が必要だったこと、またこの方ご自身が薬ではなくご自身の自然治癒力への信頼をつよくもって生活改善に臨まれたことが大きな効果をだしているだろうと温和堂の目には映りました。


乾姜茶
乾姜のお湯:いつかこちらは別稿をたてくわしくお話ししたいとおもいます。
温和堂は飲み始めてから13年目になります。治療院では施術後にみなさまに飲んでいただいています。陰干しした生姜スライス(本格的には一度蒸してから陰干し)と肉桂を保温ポットに1〜2時間ほど入れ抽したもの。



神の鍼

  • 2013.11.05 Tuesday
  • 01:40
久方ぶりの投稿です。
十一月は神無月ですが、温和堂は「神の鍼」を受ける貴重な機会に恵まれました。
朱氏頭皮針
この連休、「神針の朱」として脳血管障害や脊髄損傷の後遺症の麻痺や難病の治療で、世界的にご高名な朱氏頭皮針の朱明清先生の講習会に参加してきました。

朱先生の神針は、先生の針の神妙な技術そのものでもあり、現代医学の知識に根ざした分析力であり、東洋医学の古典に精通した深淵な知識に基づく生体観の中にもあり、また、「ひとりでも多くの方が自分の力で立てるようにしたい」、という先生の熱く強い思いの中に、そして患者さんご自身が「自力で立って歩きたい」と自発的に思う心持ちを支える先生の仁術のなかにもある、ということを眼前に学ばせて頂きました。

朱氏頭皮鍼をはじめて知ったのは7年前、温和堂が鍼灸学校3年在籍時のこと。日本朱氏頭皮針研究会会長の厲暢先生による朱氏頭皮入門の講義を通して紹介していただきました。そのとき観賞した1988年撮影の朱先生の治療を紹介するニュース映像は、中国の病院で自力で立ち上がることの出来ない重度の運動機能障害をもつ患者さんが、朱先生の針により立ち上がり、杖なしで歩行し、最後は介助なしで自力でたちあがり自力歩行をする様子を映し出していました。
その驚愕の映像が撮影されてから25年。朱先生は現在、アメリカでご自身の神経医学クリニックで臨床されていらっしゃいます。今回の講習会では朱先生のアメリカでの症例紹介のほかに、実際のモデル患者さんのご協力により朱先生の治療を目の前で拝見する貴重な機会もプログラムに含まれていました。発症後一度も自力での立ち上がりと歩行が全くできなかった患者さんが朱先生の針治療と導引という運動を導くストレッチを通して3mほどの距離を往復し、段差を降りるという動作を発症後数年ぶりに初めて体験されたとき、患者さんに湧き上がった感動と希望は会場を包みました。

温和堂も脳血管障害の後遺症の患者さんが発症後初めて自力で座位から立ち上がるそのときを鍼灸でお手伝いをさせていただいたことがあります。そのとき患者さんから湧き上がった大きな感情は、患者さんご自身の希望となり、現在も鍼灸を受療する動機となって継続してくださっています。この経験を通じて自力で動くことができる、ということがどれほど強い希望の力となるかということを学ばせていただきました。

この二日で数名のモデル患者さんへの治療を拝見しましたが、それらは治療デモンストレーションではなく、真剣勝負の治療でした。患者さんが自力歩行をすることで自信と希望を取り戻すことを、朱先生は治療を通して全力で支えていらっしゃいました。朱先生の神針の妙と不屈の熱意は会場の受講生は勿論のこと、患者さんに直接伝わった様子で受療後の表情は見違えるものでした。

温和堂自身も、朱先生に神針を受ける機会を得、朱先生の針の妙味を全身で体験しました。朱先生が講習のなかで幾度も強調していらっしゃった、現代医学の正しい知識と分析力、そして東洋医学の正しい身体観、そして患側に居て患者さんを支える心持ちをもつことを再認識させていただきました。「鍼灸の道一生精進」の思いを胸に、そしてこの機会をご準備くださった日本朱氏頭皮針研究会の先生方、また精力的にご指導くださった朱明清先生への感謝の気持ちを胸に会場をあとにしました。

三稜鍼

  • 2013.06.07 Friday
  • 17:57
三稜鍼毎年恒例となっている、所属学会の基礎講習会が今週日曜日から始まります。
今日は、講習会で参加者のみなさまにお配りする鍼を、製作所に受け取りに行ってきました。
こちらも、鍼の道具の一つで三稜鍼といいます。 三稜鍼の”稜”の訓読みは”かど”、つまり三辺にかどがある三角形の鍼のこと。一つ一つ製作所の職人さんの手仕事の鎚入れにより作られたものです。
三稜鍼は古代九鍼 ※1の一つとして紀元前の古代より鍼医の治療道具として用いられてきました。前漢(紀元前113年)に作られた墓の中から、副葬品として被葬された金製の三稜鍼が見つかっています。(※2参考文献)

この画像の鍼は、古代より受け継がれる三稜の刃先はそのまま継承し、鍼体にスプリング(=ばね)式の円筒をつけることで刺鍼時の患者さんへの負担が減るように工夫が加えられたものです。スプリング式の三稜鍼は日本独自の改良で出来上がったものです。

昭和期に三稜鍼を用いた鍼法を復活、三稜鍼を発展させて下さった大先輩の先生方の創意工夫と、職人さんの魂がこもった鍼。道具だけでなく、技術、知識のソフト面も、確りと参加者のみなさまにお伝えできるよう、精進を続けてまいります。

1: 古代九鍼  Wikipedia
2: 参考文献 「新版 刺絡鍼法マニュアル」 (日本刺絡学会編・六然社発行)

五医聖ジャー 鍼灸祭に寄せて

  • 2013.05.22 Wednesday
  • 11:14

先日5/19に今年33回目を迎える鍼灸祭(はりきゅうまつり)が開かれました。
温和堂が鍼灸学校の学生のころから参加しています。お祭りといってもお神輿がでたり屋台の焼きそばがあったり、という賑々しいお祭りではなく、いつもお世話になっている鍼やもぐさといった道具、鍼灸という優れた医術を私たちまで伝え続けてくださった大先輩の先生方、そして鍼灸を含めた東洋医学の医聖達に感謝の気持ちをお伝えする行事です。画像の五色の掛け軸には医聖のお名前が書かれています。鍼灸は特定の宗教に基づいた医術ではありませんが、古代中国の易経という思想と根を一にした身体観をもって人とからだを観ています。この五色も陰陽五行説という古代中国の思想からきています。五色については春にご紹介した鶏肉のコラムでも簡単にふれていますのでご参照ください。

 中央の黄色は、「黄帝(こうてい)」。東洋医学の医祖、黄帝です。佐藤製薬の栄養ドリンクの名前はこの黄帝にちなんでいるそうです。鍼灸のバイブル「黄帝内経」で、皇帝であり優れた医師でもある黄帝との問答に答える弟子として登場する岐伯(きはく)の名前が黄帝の右横にある白掛け軸に並びます。
「黄帝内経」には、季節毎のからだの変化と病、地勢に影響されるからだと病、時間により変化するからだと病、といった天文学や気象学のような内容から、診察方法、病の趨勢の見方、人の一生の流れと病、医師のあるべき姿というような実践医学まで幅広く網羅されています。最近では薬草酒のTVコマーシャルで有名になった「女は七の、男は八の倍数(女性は七の倍数の年齢、男性は八の倍数の年齢のときにからだの変化が現れる)」や」「未病を治す(病になるまえに病の芽を治す)」も黄帝内経が原典となっています。数千年経た現在でも、黄帝内経に記された多くの知識は高度に実践的で科学的です。

 黄帝の掛け軸の左横には春秋時代に活躍したといわれる「扁鵲(へんじゃく)」。”漢方医で脈診を論ずる者は、すべて扁鵲の流れを汲む” と後世に言葉がのこる、脈による診たての名医です。三国志に登場する名外科医華佗(かだ)も心酔したと伝えられます。扁鵲の脈診と黄帝内経の知識を得ることで名医となり無実の罪に問われることとなった前漢の医師、太倉公・淳于意(じゅんうい)は青い掛け軸に名前が揮毫されています。この師弟ともいえる二医聖は、司馬遷の史記の列伝「扁鵲倉公列伝」で伝えられ、診たての二名医の医術を知ることのできる優れた医書として、黄帝内経素問、霊枢とともに絶えることなく写筆されてきました。
ここまで四医聖はすべて紀元前の名医たちですが、一番奥の黒い掛け軸には、後漢期に「鍼灸甲乙(こういつ)経」を著したことで知られる皇甫謐(こうほひつ)の名前が見えます。生年と没年がはっきりとわかる人物です。また、甲乙経は日本に伝来した年数も562年と記録がのこされています。任那が滅びた年だそうです。皇甫謐が黄帝内経の素問と霊枢、明堂経を整理し、かつ刺鍼の深さなど具体的な用法、用量などの補足を記した実用書であることから、貴重な医書として受け継がれてきています。日本における鍼灸治療の最古の記述は、414年に新羅の医師が允恭天皇へ施したものとされていますので、甲乙経の伝来が日本の医術に大きな指針を与えたことは想像に難くありません。実際大宝律令が施行された際、甲乙経は医者の必修教科書となっています。

非常に簡単に、医聖たちをまとめてしまいましたが、温和堂もまだまだ勉強の過程にありましてこちらでご紹介した古典をしっかりと読みこんでいるわけではありません。
毎年、医聖たちのお名前をまえにして、この一年はどれだけ先人たちのすばらしい教えを実践することができただろう?今年はすこしでも近づけるように精進しよう!とこころに誓う、そんな一日が、鍼灸祭です。

                参考 (Wikipedia)
               黄帝内経   http://ja.wikipedia.org/wiki/黄帝内経
               黄帝     http://ja.wikipedia.org/wiki/黄帝
               扁鵲     http://ja.wikipedia.org/wiki/扁鵲
               淳于意    http://ja.wikipedia.org/wiki/淳于意
               

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